10数年ぶりのガンプラ製作

connolly2008-08-09

説明書を見る。箱の中からパーツを探す。ニッパーでランナーから切り離す。爪切りに付いてるヤスリでできるだけバリを取る。必要な部品がそろったら、もう一度説明書を読みながら慎重にパーツを組み立てる。


プラモデル作りは仕事に似ている。マニュアルに従って、必要な手順をこなしていく。そこに雑念の入る余地はない。
最初のうちはこんなの余裕じゃないか、と思った。だが、そう簡単にはいかないのも仕事に似ている。ポリキャップの向きが逆だったり、バリがキレイに取れずパーツがうまくハマらなかったり、固定されるはずのパーツが全然止まらなかったり。
プラモを作るのが10数年ぶりとはいえ、最初の頭部・胸部だけで3回はバラして組み立て直すのを繰り返したときは、もう自分には才能も技術も足りないのかと絶望した。


大学時代、同サークルだったY氏から差し入れでもらったMG 1/100 MSN-00100 百式 + バリュートシステム (機動戦士Zガンダム)(百円ショップのニッパー付)。「ヒマをつぶすにはいいんじゃないか」という言葉はまさにその通りだった。プラモを無心で組み立てていると、時間が過ぎるのを忘れる。それに、うまくいかないいらだちや欲求不満は、最近あまりなかった感情で、ある意味新鮮でもあった。
あんまりうまく組み立てられない、悪いけどギブアップしてもいいか、といった旨のグチをY氏にこぼすと、「いや、そんなの適当でいんじゃね?」とあっさりした答えが返ってきた。どうしてもダメな部分はあきらめて、らしきものができればいい、とも。そう言われて気が楽になった。そうだな、とりあえず完成をめざそう。


そしてはじめてから12日後、ようやく完成、した気がする。説明書的には終わりまでいったようだ。こうなると、完成してしまった、というさびしさも出てしまうのが不思議なところだった。
デキはまあ、ひどいものだ。うまい人から見るとツッコミどころ満載だろう。あのパーツが足りないんじゃないか。バリがキレイに取れてない。このスキマはどういうことか。瞬間接着剤を使っているのはよくない。とりあえず金色にしろ。等々。
ただ、自分的にはとりあえず作れた、という満足感が残った。ロクにモノを生み出せない入院生活の中で何かを残せた、という。
作る前は、百式自体は好きでも嫌いでもないモビルスーツだったが、作ったあとはなかなかいいんじゃないか、とも思うようになった。軽量化の方法やフレームと装甲の見せ方がうまく、特に脚部のパーツがいい。これでメガバズーカランチャーがあればカンペキだ。さすがZガンダム本編で最後まで活躍しただけのことはある。


しかしさすがに、入院のベッドテーブルにパーツを広げてパチパチやってると、先生や看護師さんからいろいろと言われるものだ。
「なに作ってるんですか?」「えーと、ロボットというかガンダムというか」「へぇー、こんなにいっぱい部品使うんですねー。完成したら見せてくださいねー」なんてのもあれば、男性看護師の「ガンプラマスターグレードですよね、この色だと百式ですか?」なんてガンオタ的なものもあり。いや、この世代だとどこにもいるもんですな。


あとはこの組み上がった百式をどうするか、という立体物コレクション特有の悩みが出てくるわけで。とりあえずはテレビの上にでもかざっておくか。